日本の椅子の歴史は、古代から室町時代に至るまで、多くの追加や発展が見られます。
現在、この研究は三家礼子博士が文献とAI技術を駆使して進めておられます。AIは便利なツールである一方、誤りを生じることもあります。そのため、まずAIを用いて大枠のフレームを作成した後、文献の確認や実際に存在する画像を基に、三家博士が慎重に検証を行っています。
以下に、室町時代以前における椅子の歴史の流れについて、概要を記載しておきます。この調査には、これまで私(野呂)が実施してきた研究や、諸先生方からのご指導の内容も随時反映する予定です。
The history of chairs in Japan demonstrates numerous additions and developments, spanning from ancient times to the Muromachi period.
Currently, this research is being conducted by Dr. Reiko Mitsuya, who utilizes both literature resources and AI technology. While AI serves as a convenient tool, it is also prone to errors. Thus, Dr. Mitsuya carefully verifies the outcomes by first using AI to create a preliminary framework and then cross-checking it with literature and actual images.
Below is an outline of the historical development of chairs in Japan prior to the Muromachi period. This investigation will also incorporate the findings from my past research (Noro) and the guidance received from various experts.
図版1:常松菅田遺跡出土椅子(出典:鳥取県埋蔵文化財センター)
図版4:椅子に座る巫女埴輪(出典:東京国立博物館、文化遺産オンライン)https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/506231
図版5:椅子に座る男子埴輪(出典:文化遺産オンライン)https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/506232
雲洞庵(うんとうあん)という、新潟・南魚沼市にあり曹洞宗に属する禅寺があります。 本堂に続いて後ろにある開山堂に入ると、そこには19代関東管領上杉憲実(うえすぎ のりざね)の像があります。 佐々木道譽と同じく椅子に腰かけていることがわかります。 椅子は、寺でよく用いられる中国系の曲禄です。特徴は、分厚い座面です。表は畳の様な材で出来ているのでしょう。姿勢はほんの少し前傾気味ですが骨盤も十分立った、いわゆる良い姿勢です。おやと思うことは、足です。中に浮いております。これでは、膝の裏側が圧迫されて長い時間座れない姿勢です。おそらく製作当初は足を支える台があったと思います。いつの間にかなくなってしまったのではないでしょうか。
堀本一繁、織田信長と嶋井宗室 茶道研究ノート7、茶道誌 淡交 No.624 第51巻第8号 1997
福岡市博物館 博多の豪商―嶋井宗室展 図録 1992
京都市埋蔵文化財研究所発掘調査報告 2007-11平安京左京四条二坊十五町跡・本能寺城跡
京都市埋蔵文化財研究所 発掘ニュース 82 2008
15世紀に入って、イタリアでは社会がより安定し、人々は古代ローマの文化を知るようになり、より心地よい生活の質が出現しました。イタリアのフィレンツェに端を発したルネッサンスの始まりです。
新たに見いだされた心地よさと衛生状態のよさを示す1つの証しが、シェーズ・ペルセ(chaise percee、穴あき椅子)と呼ばれた、トイレ用椅子の登場です。これは持ち運びができる、コンパクトな箱型のスツールの形をした室内用便器です。
この時期、椅子はより軽快になり、洗練されたものになりました。シェーズ・ア・ブラ(chaise a bras)と呼ばれる、軽くて移動が可能な椅子も現れました。権力の象徴としての椅子は姿を消し始めたのです。
(1)『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)p.54
(2)同上 p.58
(3) http://www.aromageur.com
/2006/0612/culture.html
古代の中国人は椅子を使わず、床の上に敷いたマットや低い台の上に座りました。座り方は、あぐら座りか、こんにちの日本の正座に当たる座り方が一般的でした。 西欧の椅子文化がいつ頃流入したのかは定かではありませんが、2世紀、舶来ものに目がなかったという後漢の霊帝の時代(156-189年)というのが定説になっています。最初に中国に伝えられた椅子は、西欧のキャンプ用スツールに似た、折りたたみスツールで、中国名で「蛮人のベッド」(hu chuang)と呼ばれました。 唐代の10世紀までに脚を前方に垂らして座る西欧式の座り姿勢が受け入れられ、高級官僚や僧侶の間で椅子が広く普及しました。やがて、宋代の11世紀末から12世紀にかけて、中国独自の椅子のフォルムができあがってきました。そのベースになったのが、仏教徒の椅子として登場したヨークバック・チェアです。
(3) 『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )p81
(1)『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)p.156
(2)同上p.158
(3)同上p.159
(4)同上p.190
(5)同上p.188
(6)同上p.189
(7)同上p.224
(8)同上p.220
19世紀を通じて、イギリスは産業革命を経て資本主義を主導して世界を制覇しましたが、椅子の世界でも時代の流行の先端を駆けることになり、まさに黄金期を迎えました。 中国の影響を受けたクイーン・アン様式 健康的な座り姿勢を支持する椅子の機能に着目するJ.ピント(1)が注目したのはアン女王(1702-14年)の時代のクイーン・アン様式と呼ばれるデザインです。腰椎の輪郭を模した背もたれのスプラット(平板)が特徴で、パッド(詰め物)入りの布張りがないにも拘わらず、座り心地がよいと評価されたといいます。しかし、腰椎の自然なカーブを支え作業性にも優れた中国椅子の特徴は長く続きません。18世紀中頃には、美的感覚重視のデザインに取って代わられます。
チッペンデール、ヘップルホワイト、シェラトンの様式 18世紀の中頃、フランスのルイ15世の時代に一世を風靡したロココの運動を受けて、イギリスに登場した巨匠がトーマス・チッペンデールです。彼は1754年に家具の専門書として最初の『紳士と家具師のための指針』を出版して、一躍この時代の最も有名なデザイナーになりました。 チッペンデールの代表作のひとつで、ジョージアン様式と呼ばれた時代のサイドチェア(小椅子)の代表例です。クイーン・アン様式の名残を感じ取ることができます。 シールドバック(楯型の背もたれ)の肘掛け椅子で、ヘップルホワイトの代表的なデザインとして知られています。 この時期の椅子における審美性の追求は主として背もたれのデザインに集中しました。背もたれは、脊椎を支えるというより、装飾品を収める場所として扱われたのです。背もたれの外枠はシールドバック(楯型の背)の形とし、中央部分にはさまざまな図形の装飾が施されました。
19世紀を通じて、イギリスは産業革命を経て資本主義を主導して世界を制覇しましたが、椅子の世界でも時代の流行の先端を駆けることになり、まさに黄金期を迎えました。
同じくリージェンシー様式によるスネーク・チェアの一対を示しています。擬古趣味を基調としながらも、デザインの斬新さを窺い知ることができます。
カントリーチェア イギリスの各地方で17世紀の後半から19世紀にかけて、田舎の人たちが使う目的で村の大工がつくったのがカントリーチェアと呼ばれる椅子です。その特徴は、使い勝手のよさであり、実用的であることです。多くの場合、単純なつくりで地味ながら、堅牢性と明快でシンプルな形が歴史的に高く評価されているといいます。これらは工場での大量生産とは無縁で、いずれも手づくりです。その代表格がウインザーチェアです。
(1)『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )
(2)同上p.107
(3)『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)
(4)J.Munro Bell: Chippendale, Sheraton, and Hepplewhite Furniture Designs―Reproduced and Arranged, Gibbings and Company, London, 1900 〈東京大学総合図書館所蔵〉p.2
(5)同上p.210
(6)同上p.137
(7)同上p.71
(8)『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )p.158
(9)『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)p.289
(10)同上p.97
19世紀の中頃から、”ゆったりと座る”座り方が流行しました。儀礼的な場においても、必ずしも直立した座り姿勢が求められず、むしろ、リラックスした座り姿勢が奨励されたのです。こうした風潮は、とくにイギリスを中心として、椅子の座り心地を求める願望の高まりにつながりました。豊富な詰め物で膨らんだシートに房飾りのついた椅子がもてはやされました。しかし、20世紀に入って、機械化の進展や製造技術の高度化、さらには新素材の開発などをベースに、椅子のデザインについてますます多様化が進み、椅子に求められる機能と芸術性の問題についても様々な展開が見られることになります。 アート・ファーニチュア(芸術家具)としての椅子 建築家であるヴァン・デ・ヴェルデが代表的なデザイナーでしたが、椅子は建築様式や室内装飾に合わせてデザインされました。そこには人体との調和という視点はなく、このアール・ヌーヴォー 様式の椅子は座り心地が20世紀で最悪の椅子という評価になっています。 イギリスでは、チャールズ・レニー・マッキントッシュがグラスゴー派を立ち上げ、ゴシック的で簡潔な垂直線、水平線による緊張とアール・ヌーヴォーの優雅な曲線装飾を取り入れた独自の世界を展開しました。 彼の代表作の1つであるラダーバックの小椅子ですが、 グラスゴーのウイロウ・ティルームのためにデザインされたものです。
バウハウスの理念とファンクショナリズム(機能主義) 1919年、ドイツにバウハウス派と呼ばれる学派が誕生しました。「すべての物はその本質によって決定される。すなわち、実用的な機能を満足し、もちがよく、安価で、しかも美しくなければならない」というのがその学派の理念でした。 機能が定まれば、そのフォルム(形態)は必然的に決まる。すなわち、「フォルムは機能に従う」が合言葉で、ファンクショナリズム(機能主義)と呼ばれました。 バウハウスの校長も勤めたミース・ファン・デル・ローエがバルセロナ万博(1929年)のために設計したバルセロナチェアを示しています。
バウハウスの代表的なデザイナーであるマルセル・ブロイヤーの作品として有名なワシリーチェア。
ブロイヤーの作によるもので、カンチレバーチェアです。これらは、独特の幾何学的形状と当時の製造技術、さらには虚飾の排除による経済性がマッチした結果と思われますが、今日でも高い人気を誇っています。
望ましい座り姿勢を支える椅子 F. ド・ダンピエールは、19世紀から20世紀にかけて椅子の座り心地の追求がおもな欲求になったと記しています。彼女がいう座り心地とは、詰め物で膨らんだシートや背もたれにリラックスしてゆったりとかけたときの心地よさを指しています。19世紀の中頃にはコイルスプリングが採用されるようになって、より安価にこの座り心地を手に入れられるようになりました。(5) 一方、J. ピントは、椅子が本来有すべき機能として次の2つを挙げています。1つは、脊椎の健康にとって望ましい座り姿勢(postural health)を正しく支えること、他の1つは、人が椅子にかけて何らかのタスクを行うときに、椅子がその人の動きに上手く適合すること(task appropriateness)、言い換えれば、タスク・パフォーマンスに寄与することです。 20世紀の末になって、A. C. マンダルやR. マッケンジーらが主張した、腰椎の自然の前彎姿勢(naturally lordotic posture)を保つ座り方の方が、前かがみの座り姿勢よりも腰椎に損傷を与えるリスクが小さいことが科学的に証明されました(6)。J. ピントは、この自然の前湾姿勢を保った座り方をしながら、適度な身体の動きを行うことをアクティブ・シッティング(active sitting)と呼んで、脊椎の健康を考える上での重要性を指摘しています。前記の機能性に優れた椅子に座り、タスクをこなしながらこのアクティブ・シッティングを実践するなら、脊椎の健康によく、かつ機能的でもある、ダイナミックな座り姿勢として推奨されると結んでいます(7)。
人間工学に基づく椅子のデザイン
この間の1980年代には椅子のデザインに人間工学が導入されました。この時期デスクトップ・コンピュータの導入によって、オフィス環境が一変します(8)(注1)。健康的な座り姿勢とならんで、座る人がどのような目的でその椅子を使うのか、タスク・パフォーマンスの問題を含めて、オフィス用椅子についての人間工学的検討がなされました。
やがて1980年代には、座る人の体型や座り姿勢、さらにタスク適合性に配慮した、複数の調節機構に発展しました。こんにちのエルゴノミクス・チェア(人間工学的な椅子)には、背もたれや座面に限らず、ヘッドレストやアームレストなどを含めて、きわめて高度な調節機構がついています。しかし、F. ド・ダンピエールによれば、「余りの複雑さゆえに、本来の目的である、すべての人に快適な座り心地を提供することを難しくしている」(9)であり、J. ピントも、健康によい座り姿勢の教育と的確な動作解析に基づく調節機構の適正化の必要性を説いています(10)。また、J. ピントは、こうした科学的な知見が、ダイニングチェアやレジャー用椅子のデザインなど、オフィス以外の日常活動の分野の椅子にほとんど活用されていない現実を問題点としてあげています(11)。
終わりに 椅子の歴史を振り返ったとき、F. ド・ダンピエールによれば、「椅子は古代から今日までの社会の営みを目撃してきた。 一方J. ピントは、タスクへの対応を意図して生まれた古代エジプトの椅子は、ギリシア時代には優美なクリスモス椅子に取って代わられたが、その後も、機能性重視の椅子が長く続くことはなかった。 その上で、彼女は、「いまや椅子のデザインの黄金時代を迎えようとしている。芸術性が機能性に取って代わるのではなく、科学の進歩が日常の椅子のデザインにも波及し、それが審美的要素とうまく融合して新しい様式を生むに違いない」(12)という言葉で結んでいます。
(1)『Chairs: a history』(Florence de Dampierre著、Abrams、2006年)p.344
(2)『Chairs: a history』(Florence de Dampierre著、Abrams、2006年) p.383
(3)同上p.380
(4)同上p.381
(5)『Chairs: a history』(Florence de Dampierre著、Abrams、2006年)p.337
(6)『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )p.296ほか
(7)同上p.238
(8)同上p.231
(9)『Chairs: a history』(Florence de Dampierre著、Abrams、2006年) p. 11
(10)『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )p.234
(11)同上p.299
(12)『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )p.300
注1 : 日本のオフィスにこのような変化が起きたのは1980年代でした。