ダイムラー社ベンツ最新Eクラスのエルゴノミクス体験

ダイムラー社ベンツ最新Eクラスのエルゴノミクス体験

2010.2.1  野呂影勇

筆者は、2001年から2005年までドイツシュツットガルト郊外エスリンゲン(Esslingen)のダイムラー社においてコックピット周りの直感的デザインについて、Friedemann Kuhnをリーダーとする同社技術リサーチ部門のcognitive ergonomicsとhuman-machine interaction に属する研究者・技師たちと開発を行った。注1

注1 日経産業新聞(2002年4月16日)によれば、人間工学を利用した産業用機器開発のエルゴシーティイング株式会社はカーナビなど複数の車載情報端末を快適・安全に利用するための車内システムを開発する。同社は昨年ダイムラー社とアジア市場向け車両関連の委託研究、開発で契約を結んだ。ダイムラー社が特別予算を組み日本で研究委託契約をしたのはエルゴシーティイングと名古屋工業大学が初めてという。

当時の開発は、一つには、操作系たとえば、スイッチ、ダイヤル、ジョグダイヤルなどについて、いろいろ検討した。特に日本では、ステアリングが、右サイドに置かれているが多くの国では左に置かれている。このあたりの違いも含めて、車内で情報操作を行なうことが、今後増加するので細かい操作それはゲーム機並みの巧緻性を要求されるであろう。その観点からどのようなデバイスが、コックピット周りにふさわしいかという研究であった。もう一つは、聴覚表示についてであった。ほとんどの操作系・表示系が、視覚によることから、これを緩和するための方策である。

この部署は、基礎研究・基礎開発の研究部門であったので特定のモデルを開発したわけではない。しかし最近のベンツの新型は、さすがに当時の研究の成果が反映されているようである。そこで、ダイムラージャパンに、お願いして、2009年12月に最新のモデルE300を借用し試乗した。

図1-1

図(写真)1 最新のモデルE300と筆者

横浜のダイムラー日本株式会社メルセデス・ベンツ研究開発から、技術スタッフの高木亮さんにも立ち会っていただいた。この機会に最近の進歩を学ぶことができた。

文中、以下に記す機構は、すべてダイムラー社のオリジナルである。

パークトロニック

ステアリング上のスイッチ

コマンド・コントローラー

キーレスゴー

ダイナミックシート

シートベンチレーター

1接近情報および警告の表示(パークトロニック)が、当時の研究を最も反映してるように思った。私が試乗したE300では、車と他の物体が接近すると、視覚表示でそれを知らせると同時に警告音を発する。特徴としては、後方から、接近してきた場合あるいは接近した場合、後方座席の上に置かれた。視覚表示装置のランプが点灯する。同時に、後方音源から警告音を発する。前方の場合は前方からである。当時の研究では、より先端のこ

とまで考えた。その一部とは言えここまで実現したことで私は大変うれしく思った。

写真2

図(写真)2 接近情報および警告の表示(パークトロニック)フロント部

図3接近表示(後)

図(写真)3  接近情報および警告の表示(パークトロニック)リア部

矢印が装置である。

図3 は、バック時のモニターとして役立つが、この表示を直視することの他、バックミラーにも映るので前を向いた姿勢でも接近情報を確認可能である。

2、ステアリング上のスイッチは、いわゆる十字キーである。これは当時の実験注2でも、かなり良い成績であったことを記憶している。それに、この十字キーは仕上げが丁寧である。

図4Steering Switch Left

図(写真) 4 ステアリング上のスイッチ 戻るボタンが付いている。十字スイッチ中央のOKボタンで階層を入っていき、この戻るボタンで階層を上がる

注2 ステアリングに設置したタッチパネルとハードキーを比較し,タッチパネル操作の特徴を明らかにすることを目的として実験。タスクは、Lane Change Task。実験では,2×2程度のキー構成の場合,確実に操作可能なハードキーの方が操作しやすい結果であった。

3 この車で、感心したのは、ウィンドウ上げ下げスイッチ、シート調節スイッチ、インパネ、ナビ設定用のテンキーなどが、すべて視野の最適範囲に収まっていることである。したがって視線をあまり移動しなくても済むことはエルゴのミクスの上から理想的である。このようなデザインは簡単なようで、なかなかできないことだと思う。これは最近のエルゴノミクスのベストの一つと思う。

図5

図(写真) 5

視野の最適範囲に収まっているスイッチ類 図のなかの最適視野と作業域については、図説エルゴノミクス入門 第5章を参照のこと

4 運転モードのスイッチはステアリングの横についている。そして入った場所に、ナビ、その他の設定ダイヤル(コマンド・コントローラー) が置かれている。この設定ダイヤルは、BMW7の同種iドライブと比べると、サイズが小さく軽く操作できるのは特徴である。もっともアウディでも同様のサイズが実現している。

5 運転していて便利だと思ったのは、信号待ちの場合、ドライバーはブレーキペダルを踏み続けている。この車では、ブレーキペダルをやや強めに踏むと、インパネに、HOLDと表示される。それを確認したらば、足を離してもブレーキがかかったままになる。信号が変わって、出発の時は、単にアクセルペダルを踏むとHOLDが解除される。

6 コックピット周りではないが、気づいたこと

まずドアハンドルが面白い。キーは、ポケットに入れておけばよい。ドアに、手を掛けると、ドアがオープンされる。車から外に出るときは、ドアを閉めて、ハンドルに、手をそえれば閉まる。人間の自然な動作をうまく車のシステムに応用した方法として感心させられた。ダイムラーでは、「キーレスゴー」と呼んでいる。

図6

図(写真)6すごくエルゴノミックなドアハンドル 「キーレスゴー」

高木さんとも、さまざまな話をした。その中の一つにダイナミックシートがある。これは、運転席の背あての左右の部分がカーブをする時に、その方向にしたがって膨らむ機構である。これはエアポンプで行なうそうだ。残念ながら、日本で販売されてるE63 AMG以外の新型Eクラスには設定がないそうだが、筆者はこれを体験したことがある。

図7Dynamic Seat Switch

図(写真)7 ダイナミックシートの操作装置(上から二つ目のボタン)

高木さんのご意見では、これがついている車に乗ると、ついてない。車が不便だという。確かにドライバーの姿勢をより正しく保つという点では、大変意味のある装置である。ぜひ、日本のベンツにも装備してもらいたいものである。

筆者は、シートの温湿度環境に関心を持っている。シートヒータは、日本車でもかなり装備率が上がってきた。しかし高温多湿の日本では夏のむれ対策にもっと努力するべきだと考えている。ベンツ車の一部に装備されているシートベンチレーターももっと普及してもらいたい機構である。この機構は、シート内部に多数のファンを装着したものである。

図8ダイナミックシート背面

図(写真)8 シート背面の写真。シートベンチレーターの空気を取り込み口がある。

今回ベンツ車が、進歩しつつあることを実感し、またかつて5年近くダイムラー社で、ドイツ人たちと、いっしょに仕事したことが、懐かしく、思い出される。仕事が終わると、彼らとよく、街で飲んだものである。会社の窓からもブドウ畑が、見えるが、ドイツには珍しく、赤ワインの産地である。最近、都内のワインショップの一部にすぎないがドイツの良質な赤ワインを、手ごろな値段で購入できるようになったが、最近のベンツ車とドイツ赤ワインの進歩と共にお祝いしたい。

謝辞 今回の取材に関して、Daimler AG、Mercedes-Benz Cars Research & Development Yokohama 村上 由利子さん・高木 亮さんにお世話になりました。また、かつてのEsslingenのダイムラー社の方々とくにFriedemann Kuhn さんにも貴重な体験と楽しい思い出をいただいたことに感謝します。

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