究極の椅子とは? 2010年のまとめ

究極の椅子 2010年

(理想の椅子とは、ver.3 2010 4 の補筆版)

 

R25(アールニジュウゴ リクルートが発行するフリーペーパー)の受け売りだが、ビーチで砂の上に直に座って(もちろんパンツ一つで) 尻でグリグリ型を付けると、よいシートのように下半身を包み込んでくれるという。この座り心地は、理想の椅子のそれかもしれない。その訳を説明しましょう。

 

 ・体を支えるための適切な座面を持つ椅子のことです

  すなわち:

      1) 着座の衝撃をやわらげ、体重に応じたクッション性をもち、

      2) 臀部の後傾を止め脊柱を支え、

      3) 腿への当たりがソフトである

座面を持つ椅子であれば理想といえます。このような椅子の座り心地はどうでしょうか。「包み込まれるような感触」が期待できます。

毎日使うものですから、理想を追求したあげく、重くなりすぎてはいけません。木製のダイニングで7〜8kg 以内にとどめたいものです。

上記の3点は、実は椅子の基本的な要件です。残念ながらこの基本を満足していない椅子が多く、ここではあえてこの基本を満足している椅子を理想の椅子としたわけです。

よく椅子の特徴として、背当てがいかに体の動きにフィットしているかが強調されます。椅子の背当ては、デザイン的には重要です。また休憩するときにもたれる背当てがないと満足しないでしょう。レストランでは、店内の印象を演出するのに、背当ての形状や大きさは大切です。

しかし、本質的な機能(体を支えること)としては、重要ではありません。

 

椅子は何のためにある

椅子は、体を支えるためにあります。この「支える」とはまさに体重を支えることです。体重がおおよそ60kg とします。その体重で、椅子に腰掛ける瞬間を考えてみます。想像を超えて椅子にはすごい力が加わります。実測0.5トンです。この力を受けるのは、椅子の座面です。この座面が、このような力に対応してデザインされていなければなりません。そのデザインの重点項目が、上記の3点です。このうち、2) の「臀部の後傾を止め脊柱を支え」が分かりにくいでしょう。実は、日本では、13世紀から坐禅のときに行っていました。図1は、禅僧が座蒲(ざふ)を用いて坐禅をしているときです。脊柱を正しく保つためには、骨盤を後傾させないことです。坐禅に用いる座蒲は、そのための後傾ストッパーの役目を果たします。骨盤は、厚い筋肉で覆われており、それを臀部と呼びます。

 写真1

写真1 骨盤の後傾を止めて上体を支える坐禅姿勢

                                                   ロサンゼルスの禅宗寺住職秋葉玄吾さん・後方は舘寺規弘さん 寺椅子使用

 

 

 

ここで、注意点が二つあります。

 (1)座蒲の上に臀部を載せることで、結果として脚との間に段差が生じます。これにより、体が前に滑ることを防止し安定した姿勢となります。

(2) 坐禅は、床に座るもの。椅子に座ることとは違う。東洋人や中東での生活姿勢は、中国を除き床座がほとんどです。西欧は椅子座りです。しかしこのように二つに分けてしまうのは正しくないと思います。

行動面から見ると、床に座るから立つまでの間にある様々な座姿勢は、脚と腰の位置関係のうえで連続性があると考えられます。実際、われわれは、床座から容易に椅子座に移行できます。その逆も出来ます。

したがって、床座と椅子座を従来のように分けて考えるのではなく、共通な人間行動と見なして考えることもできるのです。たとえば、図1の坐禅の前方への傾斜は、西欧の椅子座に応用できます。それにより椅子座の姿勢の悪さを解消できる可能性があります。たとえば、写真2に示す手術執刀医のために新たに開発された椅子がそうです。

 写真2

 

                                                                  写真2 手術執刀医のための椅子

 

 

臀部と大腿部の筋肉が重要

座面が接する身体は、臀部・大腿部です。それぞれ筋肉でつつまれています。しかし、両者の筋肉組織には大きな違いがあります。臀部の筋肉は、体重に耐えて支えることができますが、大腿部の筋肉は、それが出来ません。大腿部の筋肉は、椅子のフレームなど異物が少しでも当たると、苦痛を感じます。このように、同じような身体の場所にあっても、筋肉組織が異なるので、座面の開発においては、臀部と大腿部の違いをわきまえて作られた椅子が理想です。たとえば、座面の前縁を丸みを付けて、ナイヤガラの滝のような形にするという定番の方法があります。これは、上記の大腿部を考慮してのことです。写真3 のDCW チェアを参照ください。

 写真3 

                                                             写真3  DCW チェア Charles and Ray Eames

座面をどのように作れば理想の椅子でしょうか。設計への要求を

箇条書きしてみます。

 

1臀部筋肉への過度の圧迫がないような最適体圧分布の座面(体圧分布で確かめる)

2 臀部の当たる部分が、傾斜していること。テーパー付き座面( 図1の傾斜線)であること。

3大腿部筋肉への座面の接触は、かすかで掌が楽に入る程度。(ナイヤガラの滝のような形)

 

少し説明を加えましょう。

1 筋肉への過度の圧迫がないこと

最適体圧分布を達成するためには、図に示すように、圧力が特定の場所に集中しない座面すなわち臀部形状を考慮した立体座面が効果的です。

 図 3次元座面グリッド付き

 

 

図 圧力が特定の場所に集中しない立体座面 側面からの図(左)を参照のこと

図中のポイント: 1 臀部形状を考慮した立体座面

2 臀部の当たる部分の傾斜カーブ 

3 座面前縁の傾斜(ナイヤガラの滝)

 

臀部筋肉に対応した椅子の座面のかたちは、臀部のかたちに合った立体曲面が体重を支えるのに理想的だからです。接触面積が最大となり、筋肉への圧迫がなく圧力が低くなり、いわゆる体圧分散されるからです。

2 は、坐禅のときの姿勢から測定した傾斜です。(テーパード座面) この部分は、体重がかかるところで、その反力が骨盤と背骨を正しく支えます。

3は、すでに述べたように座面の前縁が前に傾斜することがそれに相当します。

臀部のかたちに合った立体曲面を持つ椅子は、ほとんどありませんが、写真は稀少の名品です。 DSS です。

 写真4

写真 4  DSS チェア  Charles and Ray Eames

 

この椅子は、1950年代のものです。合板を立体(3次元)曲面に加工して座面を仕上げています。デザインはエルゴノミクスの点からも納得のいくものです。しかし、その後、この観点からデザインされたものはありません。その理由は、

二つあります。一つは、臀部のかたちに合った座面を作る工法が難しいこと。もう一つは、困難なことをしてそのような座面を作る価値が科学的に検証されなかったことでしょう。

« 前のページに戻る