(4)フランス宮廷文化最盛期の椅子
フランスでは、国王が家具職人の最大の保護者でした。ヴェルサイユ宮殿を建てたルイ14世(1643-1715年)の時世からフランス革命の後に処刑されたルイ16世(1774-93年)の時代にかけて、フランスの宮廷文化が最も華やかな時代でしたが、当時の欧州における椅子のデザインをリードしたのもフランスの椅子でした。
ルイ14世とバロック
ルイ14世が1682年に建てたヴェルサイユ宮殿はバロック建築の代表作です。椅子は建築様式にマッチした室内装飾品の一部という位置づけでしたから、バロック調の椅子は、大きく豪奢な男性的装飾と完全なシンメトリー性が特徴でした。バロックはローマを発祥の地としていますが、たちまちフランスを席巻しました。
また、王権神授説の考え方と相まって、宮廷の儀式や座席配列の階級制が重視されましたが、椅子は権威の象徴として、序列づけに利用されました。フォテーユと呼ばれた肘掛け椅子が最上位で、背もたれつき椅子(小椅子)、次いでスツールの順です。写真4.1は、ルイ14世のフォテーユで、1660-80年頃の作品です。ウォルナット材に施された重厚な木彫り、ダマスク織り、刺繍シルク、ビロード布地での張り装飾が施されています。ヴェルサイユ宮殿には、このフォテーユを持ち運びするチェアポーターと呼ばれた職位まであったといいます。
写真4.1 ルイ14世のフォテーユ(肘掛け椅子)(1)
格式を重んずる宮殿では、王だけがこの椅子に座り、他の王族や公爵などは肘掛けのない小椅子、公爵夫人はプリヤーンと呼ばれた折りたたみスツール(写真4.2)や詰め物張りの丸いスツールであるタブレ(写真4.3)に座りました。
写真4.2 プリヤーン (2)
写真4.3 タブレ、一対 (3)
ルイ15世とロココ
バロック様式は、中国やイギリス、その他の国からの影響も受けて変容し始め、1715年のルイ14世の没後、ルイ15世の時代には、家具について、仰々しさが影を潜め、穏やかな傾向が定着しました。曲線の導入、軽快さ、優美さ、奇抜なデザインなどの要素が重視され、弯曲した背もたれをもち、より小型で軽快な椅子が主流になりました。これはルイ15世様式、あるいはロココ様式と呼ばれ、ロカイユ風と称する非対称な渦巻き模様や、貝殻模様、あるいは植物模様の装飾が多く用いられました。
ロココ様式を支えた主役は、バロック時代とは違って、宮廷を取り巻く貴族や高官、それに市民の富裕層でした。椅子は、単に地位の象徴としてではなく、より快適な休息姿勢を支え、楽しい社交の場を提供するツールの役割を果たしました。
写真4.4はルイ15世様式の王妃の肘掛け椅子(フォテーユ)ですが、座面と背もたれは全体的に膨らみをもたせた綴織りの張りぐるみなっており、当時流行した幅の広い張り輪のある女性のスカートに合わせて、椅子の肘掛けは後方につけられています。
写真4.4 ルイ15世様式の王妃の肘掛け椅子 (4)
プライバシーを配慮して「耳」をつけたといわれる、ベルジェールと呼ばれた安楽椅子タイプの肘掛け椅子も登場しました(写真4.5)。
写真4.5 ルイ15世様式の安楽椅子(5)
写真4.6は、デュシェス・プリゼーと呼ばれた長椅子(シェーズロング)です。これは、貴婦人が普段着姿で親しい客を自室に招き入れる場合に使用した寝椅子です。
写真4.6 ルイ15世様式の肘掛け長椅子(デュシェス・プリゼー)(6)
ルイ16世の時代に入ると華麗な曲線構成のロココ様式に変化が生じました。曲線は軽薄なものとして飽きられ、ギリシア・ローマの古代建築を規範とした簡潔な直線と矩形による形態構成が、より合理的で気品のある様式として評価されるようになりました。これがルイ16世様式あるいは新古典様式と呼ばれるものです。
写真4.7と4.8にルイ16世様式の肘掛け椅子と小椅子の例を載せましたが、とくに脚の形にロココとの違いを見て取れます。ロココのカブリオール(猫脚)は影を潜め、直線的で先細のフルテーパ、表面にはフルーティングといわれる縦みぞの彫刻が施されています。座面は張りぐるみが一般化し、肘掛け椅子にはダブルクッションのものも登場しましたが、座り心地の点でルイ15世様式との違いはとくに見られません。もっとも、この時代の座り心地とは、あくまで安楽な休息姿勢をとったときの快適さであり、J.ピントが提唱する健康的な座り姿勢(9)とは違ったものです。
写真4.8の小椅子の背もたれが古代楽器をモチーフにした透かし模様で装飾されていますが、これは当時、イギリスでマホガニーの輸入税が廃止されたことを契機に彫刻家具が流行したことと関連しており、イギリス新古典様式の名匠チッペンデールらのデザインから影響を受けたものです。
写真4.7 ルイ16世様式の肘掛け椅子 (7)
写真4.8 ルイ16世様式の小椅子 (8)
新古典様式は、フランスとイギリスでほぼ同時期に、しかし別々に起こったとされています。バロックの伝統がないイギリスでは、ロココを新しい装飾として受け入れましたが、その凝った形態が馴染まず、中国の様式の影響も受けながらイギリス特有の様式として進化を遂げていきました。これらについては、別項の「イギリスの椅子の黄金期」で触れますが、新古典様式の初期の時代にはフランスのルイ16世様式にも多大の影響を与えました。
出典:
(1) 『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)p.156
(2) 同上 p.158
(3) 同上 p.159
(4) 同上 p.190
(5) 同上 p.188
(6) 同上 p.189
(7) 同上 p.224
(8) 同上 p.220
(9) 『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )
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