(3)古代から中世期の中国の椅子

西欧の椅子文化の伝来

古代の中国人は椅子を使わず、床の上に敷いたマットや低い台の上に座りました。座り方は、あぐら座りか、こんにちの日本の正座に当たる座り方が一般的でした。当時から正座がもっとも礼儀正しい座り姿勢とされました。また、座る台の高さが高いほど座り手の社会的地位が高いことを示しました。こうした台は夜にはベッドとしても使われたようで、ベッドを意味する中国語(chuang)で呼ばれました。前4世紀の周の時代の支配者の墓所から、この種の大型の木製台として最古のものが発掘されています。中国では、10世紀末まで、一般にこのような座り方をしていたといわれています。

西欧の椅子文化がいつ頃流入したのかは定かではありませんが、2世紀、舶来ものに目がなかったという後漢の霊帝の時代(156-189年)というのが定説になっています。最初に中国に伝えられた椅子は、西欧のキャンプ用スツールに似た、折りたたみスツールで、中国名で「蛮人のベッド」(hu chuang)と呼ばれました。

このスツールは、やがて隋、晋、次いで唐代(618-906年)にかけて中国全土に普及しましたが、西欧のものと違って、前後方向に折りたたむタイプの折りたたみスツールになりました。これは、肩に担いで容易に持ち運びができたので、旅をしたり、猟をしたり、あるいは従軍することが多かった支配層や高官の間でたちまち人気を博しました。残念ながら、本稿のベースとなった『椅子の文化図鑑』(1)とJ.ピントの『A History of Seating』 (2)のいずれにも当時のスツールの写真が載っていません。

中国独自の椅子のフォルム

椅子のデザインに関して、西欧では、ギリシア・ローマ以降は中世にかけて目新しいものがほとんど見られなかったのに対して、中国では目を見張る進化を遂げました。

当初は、椅子の座面の上であぐら座りをするのが一般的でしたが、唐代の10世紀までに脚を前方に垂らして座る西欧式の座り姿勢が受け入れられ、高級官僚や僧侶の間で椅子が広く普及しました。

やがて、宋代の11世紀末から12世紀にかけて、中国独自の椅子のフォルムができあがってきました。そのベースになったのが、仏教徒の椅子として登場したヨークバック・チェアです(写真3.1参照)。これは背もたれのトップレールの形が牛につけるくびき(yoke)に似ていたところからこのように呼ばれましたが、その最大の特徴は、座面に垂直な背もたれと、中央部のスプラット(splat; 薄平板)の凸型の形状にあります。これは、背筋を伸ばし、腰椎の自然なカーブを保つ座り方が健康によいという、世界で初めて中国で習得された医学的知見に基づいたものです。

写真3.1 Chinese chairのコピー

写真3.1  ヨークバック・チェア (3)

写真3.2は、今日でもよく知られている「曲録」ですが、12世紀末のものです。ヨークバック・チェアにアームレストや足載せ台をつけ、従来からあった折りたたみ椅子の技術を組み合わせた、中国独自のフォルムの最高傑作といえる作品で、僧侶だけではなく、富裕層にも広く愛用されました。

写真3.2 12世紀末の曲録(4)

写真3.2曲録original_image

写真3.2 12世紀末の曲録(4)

曲録は、J.ピントが唱える「椅子の機能」という視点からも、前記のように健康な座り姿勢を支える機能のほかに、持ち運びが容易という点でタスク適合性にも優れています。その上、中国の伝統的なシンプル・デザインのコンセプトを守りながら、洗練された美しさを醸し出している点でも大いに注目され、18世紀にかけて西欧の椅子づくりにも多大な影響を与えました。

こうした流れは、見た目にも美しく、かつ特定の目的に特化した椅子を生み出すことにもつながりました。写真3.3は、その代表格といえる折りたたみ式のリクライニング椅子で、18世紀のものですが、月見用の椅子として紹介されています。

写真3.3Moon-viewing_Chair

写真3.3 月見用のリクライニング椅子

18世紀以降、西欧の椅子文化が全盛をきわめるのですが、そこに至る過程では、機能的にも、制作技術の上でも、さらには審美的なデザイン性の点でも、中国の椅子が世界をリードしたといえます。

出典:

(1)     『椅子の文化図鑑』(野呂影勇監修・山田俊治監訳、東洋書林、2009年)

(2)     『A History of Seating』(J. Pynt & J. Higgs 著、Cambria Press、2010年 )

(3)      同上 p.81

(4)      同上 p.82

(5)      同上 p.82、Source. Honolulu Academy of Arts                                                                                   (完)